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  • 2026.06.23

日本語教育における知的遺産の継承― Dedi Sutedi先生を偲んで

生前のDedi Sutedi先生

生前のDedi Sutedi先生

 

本稿では、2026年4月23日にご逝去されたDedi Sutedi先生のご功績について、特に書籍として残された知的遺産と、日本語教育への貢献という観点から振り返りたい。

Dedi Sutedi先生は、インドネシアにおける日本語教育研究を代表する研究者の一人として知られ、インドネシア教育大学において長年にわたり日本語教育に携わり、多くの学生および教育者の育成に尽力された研究者・教育者である。2021年には、日本語学および日本語教育分野における功績が認められ、教授に就任された。

2022年に行われた教授就任記念講演では、先生はインドネシアにおける日本語教育の現状と課題について言及されている。インドネシアは日本語学習者数において世界第2位に位置しているものの、その多くは初級レベルにとどまっており、特に漢字学習、文法理解、そして実際のコミュニケーション能力の習得において課題が残されていることを先生が指摘した。実際に、インドネシア教育大学では、一学年約80人のうち、日本語能力試験N2合格者はわずか5人程度であり、N3合格者も30人前後にとどまっている。それ以外の学生はN4・N5レベル、あるいは試験を受験していない場合も少なくない。このような状況から、大学としてN3を卒業基準とすることは容易ではない。インドネシアが非漢字圏であることも一因と考えられるが、今後さらなる対策が求められている。

これに対し、先生は、漢字学習においてはアナロジーや連想、ゲシュタルト理論を活用した記憶法の導入、文法理解においては統語論・意味論・対照言語学・認知言語学の視点の活用、さらにコミュニケーション能力の向上においては、日本文化や習慣を踏まえた実践的使用の重要性を提案されている。これらの提言は、日本語教育における理論と実践を結びつけるものであり、現在においても示唆に富むものである。(コンパス新聞による)

また、先生は数多くの著書を通じて、日本語学習者と教育者双方に大きな影響を与えてきた。中でも代表的著作である『Dasar-Dasar Linguistik Bahasa Jepang(日本語学の基礎)』は、2003年の初版刊行以来、2008年、2010年、2019年と改訂・再版を重ね、インドネシアにおける日本語教育分野の基礎文献として広く活用されている。本書は、日本語の音声・語彙・文法を体系的に整理し、学習者が構造的に日本語を理解するための基盤を提供している。特に、言語の形式と意味の関係を丁寧に説明し、日本語を単なる暗記ではなく、論理的に理解する姿勢を学習者に促している点に大きな特徴がある。

さらに先生は、『Penelitian Pendidikan Bahasa Jepang』(訳:日本語教育研究)(2009年)、『Nihongo no Bunpou』日本語の文法(2007年)、『Mengenal Linguistik Kognitif: Ninchi Gengogaku』(訳:認知言語学入門)(2016年)、『Evaluasi Hasil Belajar Bahasa Jepang(Teori dan Praktik)』(訳:日本語学習成果評価―理論と応用)(2019年)などを通じて、研究方法論、文法教育、認知言語学、評価論といった幅広い分野に貢献している。

『Penelitian Pendidikan Bahasa Jepang』では、日本語教育研究の進め方について、問題設定からデータ収集、分析、考察に至るまでの一連のプロセスが具体的に示されており、初学者にとって重要な研究入門書となっている。『Nihongo no Bunpou』においては、受身文や助詞など、学習者が困難を感じやすい文法項目が整理され、実際の使用場面を踏まえた解説がなされている。

また、『Mengenal Linguistik Kognitif: Ninchi Gengogaku』では、言語と認知の関係に着目し、意味理解や概念形成といった観点から日本語を捉える新たな視点が提示されている。さらに、『Evaluasi Hasil Belajar Bahasa Jepang(Teori dan Praktik)』では、学習成果の評価方法について、理論と実践の両面から論じられており、教育現場での評価の在り方に重要な示唆を与えている。

これらの著作に共通するのは、理論と実践を結びつけ、日本語教育の現場に直接活用できる内容となっている点にある。先生の書籍は単なる理論書ではなく、教育者と学習者の双方にとって実践的な指針として機能してきた。

また、先生は教育・研究活動に加え、日本語教育支援を目的とした日本語教育基金(NF-JLEP)の奨学金プログラムの運営にも関わり、インドネシア教育大学における人材育成に貢献された。このような取り組みは、日本語教育の持続的発展を支える重要な役割を果たしている。

筆者は、1997年から2004年まで、当時のインドネシア教育大学(旧IKIP Bandung)において、先生のご指導を受けた一人である。授業に加え、卒業論文においても副指導教員としてご指導いただいた。また筆者は、NF-JLEPフェロー(2018年)として日本語教育に携わる機会を得ており、その歩みにおいても先生の教えと影響を強く受けてきた。先生は常に学生に真摯に向き合い、「なぜ研究するのか」という本質的な問いを投げかける教育者であった。

さらに印象的であるのは、晩年においても変わらぬ教育への情熱である。ご逝去の直前の一年においても、先生は授業を担当し、大学の諸活動にも積極的に参加されていた。その姿は、教育者としての使命感と責任感を体現するものであったと言える。

先生のご逝去は、インドネシアにおける日本語教育界にとって大きな損失であり、多くの関係者に深い悲しみをもたらした。教育者・研究者・学習者が、その喪失を共有する出来事であった。

先生が残された著作と教育実践は、日本語教育における基盤的知識体系を支える重要な遺産であり、今後も多くの人々に読み継がれていくであろう。

最後に、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、これまでのご指導に深く感謝申し上げたい。先生から学んだことを胸に、その知的遺産を次世代へと継承していくことが、教え子としての責務であると感じている。

参考文献

Sutedi, D. (2003/2008/2010/2019). Dasar-Dasar Linguistik Bahasa Jepang 日本語学の基礎. Humaniora press https://opac.perpusnas.go.id/DetailOpac.aspx?id=1261697&pType=Author&pLembarkerja=-1&pLokasi=-1&pPilihan=default&pDataItem=Dedi%20Sutedi%2C%201966-%20(penulis) 

Sutedi, D. (2007). Nihongo no Bunpou 日本語の文法 Tata Bahasa Jepang Tingkat Dasar. Humaniora press 

Sutedi, D. (2009). Penelitian Pendidikan Bahasa Jepang日本語教育・日本語学リサーチマニュアル. Humaniora press  https://penerbithumaniora.com/produk/penelitian-pendidikan-bahasa-jepang/ 

Sutedi, D. (2016). Mengenal Linguistik Kognitif: 認知言語学. Humaniora press

https://opac.perpusnas.go.id/DetailOpac.aspx?id=1248011&pType=Author&pLembarkerja=-1&pLokasi=-1&pPilihan=default&pDataItem=Dedi%20Sutedi 

Sutedi, D. (2018). Partikel dalam Bahasa Jepang日本語の助詞UPI press インドネシア教育大学出版 https://upipress.upi.edu/produk/buku_detail/79/PARTIKEL_DALAM_BAHASA_JEPANG:_KAKUJOSHI,_FUKUJOSHI,_KEIJOSHI,_SETSUZOKUJOSHI,_SHUUJOSHI_

Sutedi, D. (2019). Evaluasi Hasil Belajar Bahasa Jepang(Teori dan Praktik)日本語学習評価―理論と実践 https://opac.perpusnas.go.id/DetailOpac.aspx?id=1205826&pType=Author&pLembarkerja=-1&pLokasi=-1&pPilihan=default&pDataItem=Dedi%20Sutedi%2C%201966-%20(penulis) 

Sutedi, D. (2020). Verba Bahasa Jepang日本語の動詞UPI press インドネシア教育大学出版https://upipress.upi.edu/produk/buku_detail/195/VERBA_BAHASA_JEPANG  

Sutedi, D. (2023). Keigo Bahasa Jepang日本語の敬語UPI press インドネシア教育大学出版https://upipress.upi.edu/produk/buku_detail/467/KEIGO_BAHASA_JEPANG 

コンパス新聞:https://kilaspendidikan.kompas.com/univ-pendidikan-indonesia/read/2022/05/27/145500571/guru-besar-upi-paparkan-3-solusi-pembelajaran-bahasa-jepang-di-indonesia 

著者略歴

デウィ・クスリニ(Dewi Kusrini)
インドネシア教育大学日本語教育学科講師。専門は、日本語教育、日本語―インドネシア語通訳・翻訳、日本人のためのインドネシア語教育。NF-JLEPフェロー(2018年)。現在は、日本語学習教材開発、コミュニティ通訳者養成や持続可能な教育(ESD)、オンライン国際協働教育/学習(COIL)に関する研究に従事している。