• 研究紹介
  • 2022.01.26

日本語学習者のキャリアの追跡と外国人労働者の受け入れ推進

        日本が抱える大きな社会問題の1つは少子高齢化であり、この問題に対処するために重要な取り組みの1つは外国人労働者の受け入れの推進である。本稿の目的は、今後の日本の外国人労働者の受け入れ推進のために、日本語学習者のキャリアの追跡に関する研究結果を報告し、日本語学習者のキャリア選択に影響する要因やキャリアの推移の傾向への理解を提示することである。研究データは、大学で日本語を学習した後、日本語を使って日本、もしくは、オーストラリアで働く19名のインタビュー参加者(日本:12名、豪州:7名)から収集され、分析された。本稿では特に、日本語学習歴や大学時代の学習内容や経験が卒業後のキャリアにどのように影響しているのか、また、キャリアの初期段階(1つ目・2つ目の仕事)から中期(3つ目の仕事)、後期(3つ目の仕事の6年目以降、もしくは、4つ目の仕事)に移る時に何が職業選択に影響するのかといったことに焦点を当てる。

    まず、日本語学習歴に関しては、大半のオーストラリアで働く参加者が中学校、または、それ以前から日本語学習を始めていることがわかった。これはオーストラリア政府が早期の第二言語教育を推奨しているためで、インタビュー参加者の半数も日本語学習を始めた理由として「必須だったから」と述べている。しかし、学校での日本語教育を通して、日本語や日本文化への興味が高まり、大学進学以前に既に日本語を使って特定の仕事をすることを計画して、大学のコースを選んだと言う。一方、日本で働く参加者の大半は、高校、もしくは、大学から日本を勉強し始めており、将来日本語を使って仕事をしたいと思った理由として、学生時代の留学で感じた日本への好印象を述べている。職種に関しては特にこだわりがなく、「日本に住みたい」ということが第一目的としてあげられた。

    実際に、オーストラリアで働く参加者の大半が、大学を卒業後、学部、もしくは、修士で取得した学位を活かして就職しており(日本語教師、通訳・翻訳家、弁護士など)、専門スキルと日本語能力・日本に関する知識を同等に使用するか、専門スキルを主要スキルとして使用した上で日本語能力・日本に関する知識も補足スキルとして適宜使用して働いていることが明らかになった。一方、日本で働く参加者は大学の学位とは無関係の職に就いており(多くが英語教師)、英語能力が重要な役割を担っていることが少なくないことがわかった。この違いは、両国の就職におけるシステムの違いが影響していると考えられる。オーストラリアでは新卒であってもその職業に関する知識やスキル、資格、経験が求められる傾向にあるのに対し、日本では学部不問で、専門的な知識やスキル、資格、経験がなくとも採用され、OJTで育成していくという手法を採っている職場は少なくない。しかしながら、日本で就職を目指す外国人にとって日本人と同じ条件下で競うとなるとかなり高度な日本語能力が必要なため容易ではないが、英語が主要スキルとして使える職種であれば、ネイティブの英語話者は英語教育の学位や資格がなくても日本で容易に職を得られることを表している。

    次に、日本語学習者の就職後の軌跡について述べる。オーストラリアで働くインタビュー参加者はまだキャリアの初期段階のため、ここでは日本で働く参加者についてのみ述べる。日本で働く参加者のキャリアのステップにはいくつかのパターンが見られた。

    1つ目は、キャリアの第一ステップを英語教師として始め、第二ステップもそれを続けたパターンである。これは最初に日本で職を得る窓口として英語教師が容易なことと、継続した理由としては元々の教育関連の仕事への興味があげられた。

    2つ目は、第一ステップを英語教師として始め、第二ステップは英語関係ではなく、日本語が主要言語となる環境での仕事を選んだパターンである。このパターンにあてはまる参加者は、第一ステップの英語教師を日本で働くための踏み台として利用しており、先に述べたのと同様に就職の容易さと、この期間に日本語や日本文化への知識を高め次の就職に活かすという目的から第一ステップに英語教師の仕事を戦略的に選び、第二ステップで興味のある仕事(国際交流員、ゲームプログラマーなど)を選択している。この時期に多くの参加者の日本で働く目的が、「日本に住むため」から「よりチャレンジできる仕事をすること」と仕事内容に重点をおいたものに変化してきているという結果が得られた。

    3つ目は、自分の興味に基づいて、第一ステップから日本語が主要言語となる職場環境での仕事を選んだパターンだ。このパターンにあてはまる参加者は、大学在学中に日本でインターンシップやアルバイトを経験しており、就職以前に日本で働くにあたって求められる最低限の知識やスキルは得ていたため、第一ステップから英語を主戦力としない、希望した職業に就いている。

    キャリアの初期段階では上記のようなパターンが見られたが、中期になると全員が日本語が主要言語となる職場で働いていることがわかった。職業選択の理由としては、「自己実現」や「より良い条件(安定、給料など)」などがあげられた。そしてキャリアの後期になると、仕事をする目的は「生活のため」へと移行し、職業選択の条件に「時間的制約が柔軟であること」などが述べられた。

    しかしながら、先に述べたように、日本で働くインタビュー参加者は大学の学位とは無関係の職種に就いていることから、日本のOJTスタイルや日英のバイリンガルスキルを持っていることは、日本で働く外国人に広く門戸を開いている要因のように感じられた。これからますますグローバル化が進み、少子高齢化社会をむかえる日本にとって、外国人労働者の受け入れは必須である。日本語学習者自身がどのような方法やルートで日本語能力を活かせるのかキャリアの可能性を知ることは重要であると同時に、日本語教育者や外国人労働者の受け入れ推進機関が学習者のキャリア選択に影響を及ぼす要因や傾向を理解することも重要である。この研究が日本語学習者のキャリアサポートや受け入れ側が今後の体制を検討する上で貢献的であれば良いと願う。

著者略歴

著者略歴

太田総子
2018-19年度、博士課程在籍中モナシュ日本語教育センター (MJLEC)より奨学金を受給。2006年に同志社大学社会学部産業関係学科を卒業 (学士)、2010年モナシュ大学応用日本語言語学を卒業(修士)、2021年にモナシュ大学日本語言語学・人文科学を卒業(博士)。
2006年に渡豪。2007年に日本語教師養成講座を修了し、その後1年間オーストラリア、 ビクトリア州の小中高一貫校と大学で日本語のアシスタント教師として働く。
2009年から現在までモナシュ大学で日本語のチューター、コーディネーターとしてクラス運営、コース管理、コース開発、プレースメントテスト作成などさまざまな業務に携わる。2020年に日本語教育におけるDean’s Sessional Commendationsを受賞。

 

研究論文

JAPANESE COMPETENCE IN INTERCULTURAL WORKPLACES– Experiences of Graduates of University Japanese Programs –

 

Ota. F. (2011). A Study of Social Networking Sites for Learners of Japanese. New Voices, 4(7), 144-167.

 

Ota. F. (2015). The Effectiveness of Smartphone and Tablet PC Apps for Japanese Language Learning. IALLT, 44(2), 64-82.