• レポート
  • 2021.12.07

再び語学学習者の立場になり

第二言語を習い初めた頃の印象や気持ちを覚えていますか。初めて新しい言語を聞き取り、理解ができた時のウキウキした気分を覚えていますか。緊張しながら、初めて外国語で発言をした時の不安も独特なものですが、今でもその気持ちを覚えていますか。その言語の母語話者との最初の会話を覚えていますか。果たして理解してもらえるかどうかと不安な気持ちになったことを、今でも覚えていますか。中学校で日本語のクラスを初めて取ってから四十年以上も経つ私は、正直言うとこれらの感覚を忘れていました。

みなさんもあまり覚えていらっしゃらないのではないでしょうか。そうしたら、学習者の気持ちを理解しているつもりでも、実際はいかがでしょうか。学習者の気持ちをより深く理解できるように、私は新たな言語を習うことに挑戦しました。「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」と「一、二、三」しか知らなかったドイツ語を習うことで、できるだけ自分の生徒と同じ体験ができるだろうと予想しました。こんな経験は他の教科の教師にはほぼ不可能に近いのではないでしょうか。これは語学教師だけが体験できることだと思います。今思うと、やはり再び初級語学学習者の体験ができたことは本当に貴重な経験でした。

 

 

しかし、それだけではありません。以前から導入しようとしている教授法の技術も磨く必要がありました。その教授法とはTPRS (Teaching Proficiency through Reading and Storytelling)ですが、せっかくドイツ語を習うなら、TPRS教授法で教える先生の元で勉強ができると、同時に教授法の技術も学べると思いました。更に、同じ目標を持つもう一人の日本語教師の同僚も共に挑戦してくれました。私たち二人は、ドイツ語を学びながら、学習者としての体験とTPRSの教授法を学ぶという体験を同時にすることができました。

結論から言いますと、今年、私は日本語教師として今までの教師人生の中で最も成長できたと感じています。そのお陰で、私の生徒も以前よりもはるかに日本語が身に付いていると確信しています。

TPRS教授法とは教師と生徒が共に作り上げていく物語を通じて、自然と語彙と文法を身に付けていく教授法です。最も頻繁に使われる動詞をベースにして、学習者がその限られた動詞と文型を使って、どれだけ、幅広く表現する力をつけさせるかが今年の目標となりました。私は小学校高学年の児童に1週間に1〜2回授業で教えています。数ヶ月は「います、あります、です」及びその否定形のみを使いました。私が受けていたドイツ語のレッスンでもそうでした。限られた動詞を使って、幅広く、あらゆる内容の会話をして、その動詞が徹底的に生徒の身に付くまで次に進まないことは、教師にとっても至難の技です。限られた動詞の使用でも、生徒が飽きないように授業の中での会話内容を新鮮に感じてもらうことがコツとなります。TPRS教授法では、クラスの生徒が物語の中心になり、先生と学生で物語を共同で作り上げます。常に生徒自身のことを授業の内容に取り入れることによって、私たちは三、四ヶ月間の授業を「います、あります、です」だけで進めました。

新しい語彙や文型を本当の意味でしっかりと獲得するために、どれだけそれを理解して、繰り返し触れなければならないかは、教師はどうしても忘れがちです。学習者に戻り、身を持って経験することで、その大切さを再発見できました。ドイツ語のレッスンでも半年程、「います」と「です」の二つの動詞のみで授業が進み、ドイツ語の先生が巧みに話の内容を工夫してくれました。そのおかげで、二つしか動詞を使っていなくても、飽きないどころか、毎週のレッスンが楽しみでした。生徒全員が100%理解できる範囲で話をすることは語学学習の緊張感を和らげる最大の秘訣なのです。緊張感が消えると、学習がより円滑に進みます。

果たして、自分の教え方と生徒の日本語学習にどんな変化があったのでしょうか。

 

授業風景
日本語を勉強し始めて2年目の小学6年生。授業でそれぞれが作った物語を発表しています。

 

言語の習得は時間がかかります。なかなか自分自身の成長には気づかない場合がよくあります。私は、生徒に自分の上達を把握してもらうことも大切だと感じています。私が受けているドイツ語のクラスでは義務化された宿題ではありませんでしたが、毎週レッスン後にその日のレッスン内容を振り返って、それをドイツ語で録音することを、先生から勧められました。この課題は私のドイツ語学習に非常に効果的だったので、日本語の授業にもこれを取り入れました。初めて生徒に録音してもらった時は、短い生徒は15秒程で、長い生徒は一分程度でした。数週間おきに録音をすることにして、半年後に短くて二分弱続けて話ができるようになり、長くて八分も話し続けた生徒もいました。話の内容はクラスで作り上げてきた物語の内容や、その物語に出てくる人物と自分との比較など、さまざまでした。

授業の内容は児童の興味に焦点を合わせているため、普段発言したがらない児童も言いたい気持ちを抑えられなくて発言するようになりました。先日、マレットヘア(学生に流行りの髪型)の長所と短所について話し合ったとき、誰もが意見を持ち、話したがっていました。よくここまで児童の日本語力が伸びたと、ふと思いました。私もこの一年を振り返ってみると、急がず、時間をかけてゆっくりと「います、あります、です」のみを中心に進めてきた数ヶ月は大いに教育的効果があったと実感しています。児童がこうやって身につけた日本語の基礎力を土台にして、来年どう成長していくのかがとても楽しみです。

これからも焦らず、ゆっくりと「うさぎと亀」の「亀」を私のお手本として、頑張っていきたいと思います。そしてこの経験から、私がお勧めできることがあるとすれば、それは機会があったら、是非再び語学学習者の体験に挑戦してみてください、ということです。いや、「チャンスがあれば」ではなく、機会を積極的に作ってください。決して後悔はないと思います。

 

冨永さんが作成したオリジナルビデオ
生徒や生徒の家族が日本語学習に活用してくれるよう更なる開発を試みている

著者略歴

冨永キャスリン(Kathryn Tominaga):オーストラリア・クイーンズランド州出身。クイーンズランド大学より学士号、修士号取得後、現在、クイーンズランド州ブリスベン市にある3つの小学校で日本語教師として教鞭をとる。主に、小学校3、4、5、6年生向けの初級日本語会話を担当する。クィーンズランド州語学教師会会長などを歴任。語学の教育及び語学教師の研修に高い関心を持ち、これからもできるだけ多くの子どもたちに語学の素晴らしさを伝えていきたいと考えている。第一回NF-JLEP日本訪問プログラム参加フェロー。