• レポート
  • 2018.11.13

5冊の本の物語

2016年6月3日、この日はルーマニアの日本語教育にとって輝かしい日となった。ルーマニア、ブカレスト大学のCasaUniversitarilor(「大学人の家」)に於いて、初めてのルーマニア語による日本語文法教材3冊と日本語語彙教材2冊の出版披露会が開催された。在ルーマニア日本大使館参事官はじめ、ブカレスト大学学長、教師、学生、友人、家族が出席する中、私を始め3人の著者が5冊の本を紹介した。

2015年から2016年に渡って作成した教材は、次の通りである。

3冊の文法教材は、2015年に出版。

『上級日本語文型解説』

『意味と機能からわかる日本語文型解説 I』(共著)

『意味と機能からわかる日本語文型解説 II』(共著)

(以下、『文型解説I』、『文型解説II』)

2冊の語彙教材は、2016年に出版。(以下、『語彙集I』『語彙集II』)

『初中級用場面別語彙集「かけはし」』(共著)

『中級用場面別語彙集「きざはし」』(共著)

私としては、出版にこぎつけた2016年春の当日まで長い道のりであった。

国際交流基金黒田専門家と文法教材を作成

最初に本のアイデアが生まれたのは2005年ころであった。私は、NF-JLEPの奨励金を受けるという幸運と、東京大学文学部の指導教官に巡り会えるというチャンスのおかげで、日本、日本語、日本文化を愛する気持ちをもち、2005年、2009年、2014年に日本を訪問し、それぞれ3か月の短期研修を受けることができた。2005年から文法教材のドラフトを作り始めた。また、ルーマニアで通訳の仕事をしたおかげで大学を卒業してからも、さまざまな分野の専門用語を集めていた。ただ、当初は私が日本語の母語話者ではないことから、教材を完成させる勇気はなかった。2014年から国際交流基金よりブカレスト大学へ派遣された日本語専門家、黒田朋斎先生と日本語指導助手、千々岩宏晃先生に、日本語の教材作成に関するプロジェクトの話を相談し、私が書きかけていた文法教材と語彙リストをもとに、教材の作成を始めた。

国際交流基金千々岩指導助手と語彙教材を作成

文法、語彙教材の作成のためのミーティングは同じ日に行うこととし、黒田先生と一緒に初中級・中級の文型解説の本の作成についてのミーティングを、千々岩先生と初中級・中級の語彙集の本の作成についてのミーティングを行った。最初に、私が上級文型の本を自分自身で作り、その後、作成の仕方は同じパターンなので、文型解説の本と語彙集の本を同時に作成し、シリーズで展開することにした。

3冊の文法教材は概ね同じ構造で文型辞典の形とし、『文型解説I』は初中級日本語学習者を対象とし、88の文型を、『文型解説II』は中級日本語学習者を対象とし、118の文型を、『上級日本語文型解説』は上級日本語学習者を対象とし、93の文型を紹介している。各文型の説明に他の品詞の接続を示し、それぞれ5つの日本語の例文、ルーマニア語による解説、類義文型、添付、参考文献を載せた。また、『上級日本語文型解説』には、文型の解説が古文に基づいているという特徴がある。

文法教材は日本語文型を紹介する役割のみではなく、日本文化・ルーマニア文化・世界の文化を紹介するツールの一つだと考えた。

文型の一例

a) 日本に関する例文:

  (1) 東京では、2020年のオリンピックのために国立競技場を建て替えるという。(『文型解説II』、 175頁)

b) ルーマニアに関する例文:

  (2) ルーマニアにいるのに木造教会に行かないなんてもったいないですよ。(『文型解説I』、20頁)

c) 世界に関する例文:

  (3) アフリカのサファリツアーにしたいですが、治安はまあまあだとか。(『文型解説II』、195頁)

2冊の語彙教材は、概ね同じ構造で各場面にキーワードが載せてあり、翻訳・漢字付きの語彙リスト、応用練習、会話、付記、参考文献が続く。『語彙集I』は初中級日本語学習者を対象とし、13の場面を、『語彙集II』は中級日本語学習者を対象とし、11の場面を紹介している。

教材作成の際、様々な段階で、様々な問題に直面した。文法教材の作成の際の複雑な問題は、日本語の専門用語をルーマニア語にすることであった。また、文型の分類、文型の要素を現代の日本語では何というか、古語では何というか、ということに悩み、また比較表現のため、正しい例文と誤った例文を作るのに苦労し、ルーマニア語への翻訳の適切な表現を見つけるのが難しかった。語彙教材の作成の際には、学習レベルに合った場面・語彙の選択や学習に効果的な構造、語彙の翻訳応用練習やレベルに合わせた会話の作成などが問題であった。少しずつ問題を乗り越えて、解決し、進んだ。

5冊の教材すべてで、内容、フォーマット、表紙の色、表紙のデザインに意味を持たせた。内容は文法、語彙のレベルによって区別されている。また、表紙の色は空手の帯と同じように、濃ければ濃いほどレベルが高いと考え色を付けた。さらに、表紙のデザインは、アンケートに答えた学生の手書きメモをスキャンしてデザインを作った。10年間、毎年、学生へ「どんな内容の文法や語彙の教材を教師に作ってほしいか」というアンケートを実施し、その結果を参考にして、5冊の教材を作ったという経緯があり、教師だけでなく学生の協力が5冊の本の外側にも内側にも存在していることを伝えたかったからだ。初めて、ルーマニア語による文法教材と語彙教材をこのような形で作成した。 

出版に至るまでは凸凹の道であったが、目標に至ることだけでなく、道そのものの美しさを一歩ずつ感じることができた。 2016年6月3日は素晴らしい日となった。他の二人の著者とともに私もイベントの中心になり祝福された。フォーミュラ・ワンの祝賀会において、シャンパンで祝福される選手の裏には非常に多くの協力者がいるように、これまでたくさんの出会いやたくさんの方々の協力があったことを忘れることができない。

心より感謝を申し上げます。

著者略歴

ルクサンドラ・ワナ・ライアヌ(Ruxandra-Oana Raianu):ルーマニア、ブカレスト大学東洋言語学科日本語専攻科准教授。言語学博士。大学4年生で習い始めた空手がきっかけで日本語を独学で学んでいたところ、ひらがなの五十音「あいうえお」が、道場の掛け軸に書かれた「あい(=愛)」という意味だと分かったことに感動し、日本語の研究の道に進む。日本語の表現・語法に関する著書・論文多数。