• レポート
  • 2018.05.16

オーストラリアの高校日本語教師の学び ―生徒に日本語を学び続けてもらうために―

日本語教師としての生涯の学び

教育学を専攻した大学時代に学んだことは、自分が指導する生徒に生涯の日本語学習者になってもらうよう促すことと同じくらいに、教師の私自身も生涯にわたって学習者でいることが大切であるということです。母語話者ではない日本語教師として、大好きな日本語や文化を学べることは、とても幸せなことだと思っています。また、外国語の教師としてどのように指導を向上させ、生徒に日本語の学びを続けてもらうか、毎年、毎学期、いや毎週、教師の私の学びは終りません。オーストラリアの学校で日本語の教科指導を成功させるためには、多くの内的また外的な要因があります。教師の力によってどうにかできるものもありますが、中にはそうでないものもあります。

 

日本の桜の木の前で

 

日本語クラスを成功に導く「内的」要因

まずは内的な要因について―日本語教師は、生徒に多大な影響を与えます。私が教師になりたての頃は、授業が難しすぎたら生徒は日本語への興味を失ってしまうのではないかと、生徒にとって授業が負担にならないよう気を付けていました。教師になって5年目を迎えたあたりで、CLIL (Content and Language Integrated Learning、内容言語統合型学習)というバイリンガル教授法に非常に興味を持つようになりました。古くからバイリンガル教授法として用いられてきたイマージョン教育は、教科内容の指導を通じて言語に触れることで外国語を習得していく教授法です。文法等を取り上げる語学学習は、基本的に授業内では行われません。それに対して、CLILでは、語学学習と教科学習が同等に重視され、語学学習を行いながら、同時に言語以外の教科内容についても学んでいきます。CLILは、生徒が学習言語に触れると同時に、実際に使うことも必要になるので、当初は生徒にとって負担が大きすぎるのではと不安に思っていました。しかし、実際は全く逆でした。私が期待値を高く設定するほど、生徒はより良い成果を出したのです。

2016年に、自分が指導する高校の10年生(日本の高校1年生に相当)のクラスで、「Japanese Media Studies(日本のメディア学習)」と題し、1年間を通じてCLILを用いた指導を行いました。この授業は選択科目で、定員は20名でした。授業では、10年生の「日本語」と「メディアアート」の両方のカリキュラムを、日本語に充てられる授業時間内のみで網羅しました。日本の料理番組や、アニメ、宣伝といったトピックを扱い、教師の私は日本語のみで話し、生徒にも日本語を使うよう促しました。概念的にも言語的にも複雑な作業を強いることは、生徒にとって負担が大きすぎるのではと不安に思いましたが、そのクラスは大成功に終わりました。生徒はとてもやる気が出て、実力が上がったと話してくれ、クラスはとても活発な雰囲気でした。高い目標を掲げれば、生徒はそれを達成してくれるということを学びました。そして、それに気づいたことで、私の指導方針は変わりました。生徒はたとえ緊張しているとしても、学習言語を使いたいのだから、教師はできる限り多く言語を使う機会を与えてあげるべきでしょう。

 

「日本のメディア学習」クラスの掲示

 

さらに、これまでの教師の経験を通じて、教師自身の情熱と熱意がいかに生徒の学習意欲につながるかを学びました。日本語の複雑な読み書きの仕組みや扱いにくい助詞を生徒に理解して使ってもらおうと、日本に関する興味深い話や写真、ビデオを掘り起こしてくる教師の努力に、生徒は気付いてくれるのです。もちろん全ての生徒が大きな熱意を見せてくれるわけではありませんが、もし教師の努力に応えてくれる生徒がいれば、彼らの職業選択や人生において、日本語は多大な影響を与えることになるでしょう。

日本語教師のネットワークづくりの機会も、非常に重要です。学校の支援を得て研修に参加することもできますが、インターネット上でつながりを探すことも可能です。オーストラリアには、日本語教師向けのフェイスブックページがあり、2018年1月までに2,400名の教師が参加しています。これはとても恵まれたことで、国中の教師同士が教材やアイデアを共有でき、時には仲間が心の支えにもなります。2016年11月にメルボルンで開催された全豪日本語教育シンポジウムで、私のCLILの授業について発表をしましたが、その後日本語教師のCLILネットワークのフェイスブックページを開設したところ、現在までに120名のメンバーが集まりました。CLILの実践に積極的でないのは、どのように始めたらいいか分からないからという理由が多いことが分かったので、フェイスブックページでは、この教授法を用いることを促し、他の教師の支援をしています。CLILは、今後より勢いを増し、オーストラリアの外国語教育においてより積極的に取り入れられていくことでしょう。

 

CLILの実践について発表する著者

 

日本語クラスを成功に導く「外的」要因

もちろん、日本語の教師にはどうすることもできない外的な要因が日本語の教科指導の成功を左右する場合もあります。オーストラリアの日本語学習の現状を示すひとつの指標として、残念なことに、12年生(日本の高校3年生に相当)まで外国語学習を続ける生徒はわずか10%に過ぎない、というデータがあります。国のガイドラインでは、外国語学習が必修であるのは8年生(日本の中学2年生に相当)までと定められていますが、実際には全ての学校がこれに従っているわけではありません。外国語といえば英語という日本とは違い、オーストラリア全土では複数の言語が教えられていて、指導する外国語は学校ごとに異なります。日本語は、オーストラリアで最も広く教えられている外国語ではありますが、多くの学校で日本語教師は1人か良くても2人で、学校運営では外国語の科目はないがしろにされており、日本語教師は教科の時間を確保するため奮闘せざるを得ない状況です。

私の学校では、以前3年ほど、元日本語教師が校長を務めました。その校長は、教授法の開発はもちろんのこと、外国語教育に対しても大変理解があり、日本語の教科指導の向上に関するアイデアがあると、いつも応援してくれました。彼女の存在は、私のやる気を高め、そしてCLILの実践を始めることになりました。彼女の任期中、ブリスベンでの私たちの日本語クラスは発展を遂げ、校長に評価されたことで学校内でも認められ、日本語を学ぶ生徒は誇りを持っていました。外国語教育を熱心に支援してくれる校長は、残念なことにオーストラリアにはほとんどいません。もし外国語教育が校長の支持を得られるなら、オーストラリアの生徒は、日本語を含む外国語学習にもっと興味を持つことでしょう。

 

生徒と訪れた熊本城の前で(著者は下段右端)

 

なぜ日本語教師は前進するのか

最後に、生徒が日本語学習を続ける理由は、親に良い仕事につけるからと言われたからではなく、日本語のクラスにいることが楽しいからだ、ということを学びました。そして日本語のクラスが楽しいと感じるのは、日本語で何かを言ったら先生が分かってくれて嬉しかった、漢字の美しさを知った、いつか日本のアニメを字幕なしで観たりライブに参加したりしてみたい、といった理由からでしょう。日本語教師にとっての究極の目標は、生徒に生涯にわたって日本語を学んでもらうことです。そして、オーストラリアのもっと多くの先生たちがその目標を目指してほしいと思います。

 

英語の原文はこちらから

Lessons Learnt as a High School Japanese Teacher in Australia by Kelly Harrison

 

著者略歴

ケリー・ハリソン(Kelly Harrison):オーストラリアクイーンズランド州の高校の日本語、英語教員。クイーンズランド大学教育学部卒業。在学中に、北九州市立大学に1年間交換留学。クイーンズランド州の、公立、カトリック校で7年間の指導経験があり、特にCLIL (Content and Language Integrated Learning、内容言語統合型学習)やカリキュラム作成に興味を持つ。主にCLILを題材とした研究プログラムの支援を多数受け、オーストラリア国内の会議で多数の発表経験がある。現在は産休中だが、11年生、12年生向けの日本語教材を執筆中。