• レポート
  • 2008.06.04

レポート「トルコおよびチャナッカレ大学における日本語教育」

  • -近藤 幸子
  • -チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学

今回は、基金校の一つであるトルコのチャナッカレ・オンセキズ・マルト大学(以下チャナッカレ大学)の日本語教育事情、およびトルコの日本語教育の現状について、同大学の日本語教育学科長である近藤幸子氏に執筆していただきました。

なお、2008年8月、日本語学科設立15周年記念行事を兼ねて、第13回ヨーロッパ日本語教育シンポジウム(テーマ:「多文化共生の時代と日本語教育」)が同大学にて開催されました(トルコでの開催は初めて)。

 

海外における日本語教育拠点設置計画

福田首相は今年1月に「留学生30万人計画」を表明した。それに関連して、独立行政法人国際交流基金が、海外の日本語教育拠点を今後2~3年で100ケ所以上に増やす計画を進めているという。現在、中東地域の拠点はエジプトに置かれている。トルコは中東地域に組み入れられているが、実は距離的にも心理的にもヨーロッパのほうが近い。しかし、ヨーロッパ地域に入るとも言い切れない中途半端なポジションである。海外における日本語教育の戦略を考える参考として、トルコおよびチャナッカレ大学における日本語教育事情を現地から紹介したい。

トルコにおける日本語教育

トルコで初めて日本語教育が行われたのは、1976年で、日土婦人友好協会の日本語一般公開講座である。これは一般社会人対象の講座で現在も継続されている。高等教育レベルに限れば、1985年にアンカラ大学言語歴史地理学部に日本語・日本文学科が開設されたが、トルコで主専攻として日本語教育が行なわれていたのはその一箇所だけであった。ようやく8年後の1993年、チャナッカレ大学教育学部に日本語教師の養成を目的とした日本語教育学科が開設された。さらに1994年にはカイセリのエルジェス大学文理学部に日本語・日本文学科が開設された。この3つの大学はいずれも国立大学で、これ以降、日本語を主専攻とする大学の数は増加していない。一方、日本語を選択科目として開講している大学の数は10校以上にのぼる。ボアジチ大学が最も古く1988年に開講、1990年には中東工科大学でも選択科目として日本語講座が開講された。この2つは国立大学で、歴史も古く教育レベルが高いことで知られている大学である。近年は私立大学で日本語を選択科目として開講するところが増加してきている。

2006年に国際交流基金により実施された海外日本語教育機関調査によると、トルコでは初等・中等教育レベルで226名、高等教育レベルで862名、学校教育以外では385名の日本語学習者がいる(中東地域では最多)。また「両国間は歴史的に友好関係が継続しており、一般的に対日関心が高い。(日本語は)欧米主要言語に次いで実務レベルでの必要言語の1つに位置付けられている」としている。

トルコでは、アンカラに国際交流基金から日本語教育専門家が一人派遣されているものの、拠点となる国際交流基金の現地事務所やスタッフがいないことから、土日基金文化センター日本語講座での教育が中心であり、トルコ全体の日本語教育機関と連携して教育や支援を充実させる機能はない。トルコは地政学的な観点からも重要な国であり、しかも親日家が多いので、トルコに拠点が設置されることの意義はきわめて大きい。

 

チャナッカレ大学における日本語教育

日本語学科設立の経緯

チャナッカレ大学は、1992年に設立された比較的新しい国立大学である。イスタンブールの南西約200km、ダーダネルス海峡のエーゲ海側出口に位置するチャナッカレにそのキャンパスがある。(ちなみに大学の正式名にある「オンセキズ・マルト」とはトルコ語で3月18日を意味し、これは第一次大戦中の1915年3月18日、英仏連合国軍によるオスマントルコ帝国への侵攻をダーダネルス海峡で阻止した史実に由来し、現在でも「チャナッカレ(ダーダネルス)戦争勝利日」として祝われている)

1991年にトルコのスレイマン・デミレル首相(当時)が日本を訪問し、日本との経済関係強化を希望した。そのためには日本語ができる人材が必要であるとの認識から、翌1992年にイスタンブールとアンカラの高校に1校ずつ第一外国語として日本語教育が導入された。この2校に続いて、他の高校でも日本語が導入されることが予想され、日本語教師の養成が必要であるとの考えから、チャナッカレ大学の教育学部に日本語教育学科が設置されたのが1993年である。

学科開設式典にはトルコと関係の深い三笠宮殿下御夫妻御臨席の栄を受けている。三笠宮殿下は「サクラと日本」というテーマで講演され、式典終了後に大学構内にサクラを記念植樹された。それらの中で教育学部の庭に植えられた1本だけが健在で、ここ2~3年の成長著しく、4月になると花を咲かせるようになった。

こうして、1993年9月、学生18名、日本人教員3名で日本語教育が始まったが、日本語教材、辞典類、日本語関係の図書は皆無に等しく、厳しい教育環境の中での出発であった。しかし、国際交流基金をはじめ、日本の企業や財団からの寄付や支援により、少しずつ日本語教育が発展していった。1996年には、日本財団より「日本語教育基金」が贈与され、翌1997年から、この基金の運用益が日本語学科のために活用できるようになり、トルコ人教員育成を目的として若手研究者を日本に留学させるための奨学金や日本語関係図書の購入に充てられるようになった。さらに、2003年10月には日本政府のODA文化無償プログラムによって、視聴覚機材とコンピューター機材が贈与され、30人用のLL教室2つと10台のコンピューターを設置したコンピューター室が完成し、幅広い日本語教育が行えるようになった。

 

日本語教育プログラム

2008年4月現在の学生数は140名、教員数は12名(トルコ人3名、日本人9名)である。トルコでは日本語・日本語教育関係の専門家の数が非常に少ない。そのため、本学科では第1期の卒業生が出るのと同時にトルコ人専門家の育成に取組んできた。

先頃、日本の大学院に留学していた研究助手の一人が、修士・博士課程を修了して学科に戻った。2009年度からも順次戻る予定であり、数年後にはトルコ人教員が学科運営の中心になっていくことになる。研究助手たちの専攻分野は言語学、日本語学、日本語教育学、日本文学、社会学など多岐にわたっており、学科として必要な分野を満たしているといえよう。これとは別に、「日本語教育基金」の奨学金によって2名の卒業生が日本に留学し、言語学の修士号を取得後、母校に戻り教壇に立っている。2年後には本学科でも修士課程を設置する計画であり、日本語教育学科も教育・研究の両分野での発展が期待される。

本学科の学生たちは、きわめて積極性に富んでいる。研修や留学で日本に行きたいと望むのは当然であるが、日本行きの航空券が賞品として提供される「日本語弁論大会」に積極的に出場する学生が多く、イスタンブールとアンカラで開催される弁論大会で毎年のように1位を獲得して、1~2名が日本旅行を実現している。

 

また、本学科では4年前から日本人のホームスティを年に一度受け入れているが、ホストとして受け入れを希望する学生が多く、チャナッカレを案内したり、一緒に日本料理やトルコ料理を作ったりして日本人との交流を楽しんでいる。最近ではインターネットを利用して、日本人とチャットをしている学生も多い。

2003年から学部生の成績優秀者を対象に「日本語教育基金・奨学金」が支給されるようになり、学生の学習意欲を高めることに貢献している。さらに、教育基金の運用益を活用し、今年度から優秀な学部生を対象に「日本短期研修」も実施できるようになった。学生たちは日本へ行けるチャンスが増えたことで、いっそう積極的に勉学に取組んでいる。

 

学生の卒業後の進路

トルコ人学生はアルバイトをする職場も少なく、あったとしても賃金が低いことから、アルバイトで稼いだお金を貯めて日本に行くというのはまず不可能であり、親の脛をかじって日本に行ける学生も稀である。このような状況の中で、松下国際財団が1997年から本学科の優秀学生たちのために「日本研修旅行」の費用を助成している。この研修旅行に参加した学生達の多くが、文部科学省による一年間の「日本語・日本文化研修留学生」として留学したり、卒業後に文部科学省の奨学金を受けて日本の大学院に留学して、帰国後は日系企業に就職してトルコと日本のために活躍している。「日本語教育基金」による「日本短期研修」が実施されることにより、今後はさらにこうした学生が増えるものと思われる。

卒業生の進路は、結局日本語を導入する高校が増加しなかったため、高校の日本語教師という道は閉ざされていた。しかし、2004年から日本語が第2外国語の中の一つに加えられたことから、地元の公立高校が2007年9月の新学期から試験的に導入し、卒業生がその教育にあたっている。高校生の日本語への関心は非常に高く、これを契機にチャナッカレの他の高校でも導入するようになれば、日本語教師を目指している学生にとって明るい未来となる。教師以外では、2000年ごろからトルコに自動車関係の日系企業が進出するようになり、日本語を活かせる雇用の機会が拡がっている。中には企業内で日本語を教えている人もいる。また、日本に製品を輸出しているトルコ企業に就職した人の中には、見本市への出展、商取引、あるいは通訳として日本に行く人もかなりの数にのぼっている。

このように、トルコは特に日本に関する関心の高い国の一つであり、日本語学習者および日本語教育機関が特に1990年代以後増加していることを踏まえると、日本政府としても同国においてさらなる体制強化を図る必要があろう。これまでの先進国や東アジアに比重をおいた拠点の設置だけでなく、日本語教育がこれからという国にこそ拠点を設置する必要性があると考える。また、日本のポップ・カルチャーが世界的な人気を博している今、特に対日関心の高いトルコへの教育投資は、日本の「ソフトパワー」を効果的に強めることにつながるのではないか。

 

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