• レポート
  • 2021.07.29

コロナ禍でさらなる活用が期待されるオンライン日本語多読サイト

第二言語教育における多読の研究と実践の歴史

 英語教育の読みの指導では、1920年代にインドで英語を教えていたMichael Westよって学習者にふさわしい読み物の開発が始まり、多読実践の萌芽が芽生えている。また、近年の読解プロセス理論では、ボトムアッププロセス(単語認知など)が無意識に行われ、有限の作業記憶の容量を浪費しないことが、読みの流暢さには重要だと主張されている(Grabe, 2009)。この理論は、Krashenのインプット仮説(1985)やWilliams (1986)の読みの指導指針「学習者が読みを習得するのは、読むことによってのみだ」(筆者訳、p.42)などと相俟って、英語多読の研究と実践を下支えしてきた。つまり、「易しい文章を大意を追って楽しみながら大量に読むこと(多読)」によって、ボトムアッププロセスが無意識に行われるようになり、読みの流暢さが育成されるという考えの下、多読が盛んに研究され実践されてきた。

 一方、日本語を含む英語以外の第二言語教育では多読の研究と実践が遅れている(Nation & Waring, 2020)。しかし、Tabata-Sandom (2016)は、日本語学習者の読みの流暢さと文章理解が、多読で使われる簡略化された文章で有意に高まったと報告している。読み物開発の努力としては、特定非営利活動法人多言語多読(NPO多言語多読)が2002年より日本語の段階別読み物1(「よむよむ文庫」等)を作成しているが、その総数は142冊と多くはなく、しかもこれは6つのレベルの総計なので、それぞれのレベルで学習者が読める段階別読み物の数は限られている。他にも日本語の段階別読み物の出版の試みはあるが、小規模なものばかりだ。英語の段階別読み物が約7,000冊と言われていることを考えると、日本語教育で多読用の段階別読み物が不足しているのは明らかだ。

段階別読み物不足の打破に向けて

 「段階別読み物の不足」という根本的な問題を打破したいという願いから、筆者らは2017年にオンラインの日本語多読サイト「読み物いっぱい」を始め(http://www17408ui.sakura.ne.jp/tatsum/project/Yomimono/Yomimono-ippai/level1.html)、世界中の日本語教師と日本語学習者に簡単にアクセスできる、多読にふさわしい易しい読み物を提供している。

 また、段階別読み物の数を増やすために、誰でも本を作成してこのサイトに投稿できるようにした。2021年現在、106冊の段階別読み物がサイト上に公開されており、この4年間創作者と学習者から以下のような多くのエールを頂いた。

創作者から

  • 共に創作に励む過程で、他の先生と日本語教育の考え方を刺激し合えた。
  • 学生がサイトの怪談「牡丹灯籠」を読んで、自分たちも怖い話を書いてみたいと「書くことへの意欲」を見せてくれた。
  • あまり日本語の勉強では目にしない自分の国の本を発信できた(台湾の話を書いてくれた人たち)。

学習者から

  • 自分の国の民族衣装を着た女の子の表紙を見て、とても嬉しかった(「韓国のじゃんけん:カウィ・バウィ・ポ」について)。
  • ある利用者からのメッセージの一部:「N1[日本語能力試験の最も難しいレベル1の意]合格後はどうやって日本語を勉強するのかずっと悩んでいます。(中略)『読み物いっぱい』がホントに役に立っています。」

コロナ禍の到来そしてこれから

 2017年以来駆け足でやってきた「読み物いっぱい」だが、昨年2020年は、コロナ禍が引き起こした「教室で本の貸し出しができない非常事態」下で、多読を実践する日本語教師たちに大いに活用して頂けたようだ。その一例としては、筆者がFacebookの「COVID-19と日本語教育」で紹介した「2084年コロナの後」というサイト上の話に、多くの温かいコメントを頂いた(「(コロナ禍について)早速お話を作ってくださったのですね。本にあったように、写真を見ながら今の状況を振り返る未来が来るんだろうなと思いながら読ませていただきました。(後略)」等)。このように臨場感のある話を素早く提供できるのは、作品の発信が簡単なオンラインサイトならではの強みと言えるだろう。

 2021年もコロナ禍は完全な収束の気配を見せておらず、世界の多くの日本語クラスがオンラインに移行したまま、あるいはハイブリッドの授業を余儀なくされている先生方も多いと思われる。そのため、ますますオンライン・ツールの活用が期待される。多読実践においても、オンライン多読サイトは無視できない存在となってきた。教師・研究者の中には、読みの指導で、「学生は紙媒体の本が好き」という主張を崩さない人が多い。筆者は現在、英語多読サイトXreading (https://xreading.com/login/index.php)を使って、日本人の上級レベルの英語学習者(30代~60代)と英語多読プロジェクト[2]を行っているが、半年経過後、参加者全員がオンラインでの読書を見事に毎日のルーティンにし、「オンラインで読むことへの抵抗は完全に払拭した」と感想を述べている。従って、IT ネイティブと言われる若い世代の日本語学習者の場合、習慣化さえできれば、より難なくオンライン多読を実践できるはずである。

 これらの事情を考慮し、前述の「読み物いっぱい」では改善を進めている。音声ファイルの充実化、上級者用のフリガナ無しの段階別読み物の提供、初級レベルの細分化、Speed Reading(速読)コーナーの設置等である。Speed Readingは、多読と並行することで学習者の読みの流暢さを加速的に伸ばすと言われている(Nation & Waring, 2020)。目下Speed Reading の日本語学習資材は、筆者も関与する「読みの流暢さ測定ツール」のみで(http://160.16.227.183/kouka/)、不足しているのが現状だ。それを補い、「読み物いっぱい」を多読サイトに留まらず、日本語の読みの流暢さを促進するためのオンラインリソースとして充実させたいと考えており、より多くの賛同者の参加を期待している。

[1] 段階別読み物:多読で使われる本は英語でGraded Readersと呼ばれる。語彙と文法などの面で、レベルに合わせて書かれている。本文ではGraded Readersを段階別読み物と訳した。

[2] このプロジェクトは今年度末~2022年の学会・ジャーナルにて発表の予定であるが、研究結果をご希望の方は筆者までご連絡を。

References

Grabe, W. (2009). Reading in a second language: Moving from theory to practice. Cambridge University Press.

Krashen, S. (1985). The input hypothesis: Issues and implications. Longman.

Nation, I. S. P., & Waring, R. (2020). Teaching extensive reading in another language. Routledge.

Tabata-Sandom, M. (2016). What types of texts and reading aids are good for Japanese graded readers? Journal of Extensive Reading, 4(2), 21–46.

Williams, R. (1986). ‘Top ten’ principles for teaching reading. ELT Journal, 40(1), 42–45.

著者略歴

田畑サンドーム光恵(PhD)は、ニュージーランドのマッセイ大学(オークランドキャンパス)所属の日本語教師・研究者。笹川フェローシップ基金を得て、博士課程を修了。専門は、日本語教育・読解・多読など。「読み物いっぱい」は、主に松下達彦東京大学教授と筆者の活動。また、本文後半に既述の「読みの流暢さ測定ツール」は、渡部倫子広島大学教授の科研のプロジェクトで、渡部教授、坂野永理岡山大学名誉教授、並びに筆者がSpeed Reading(速読)の日本語学習資材を作成し公開している。